【小説】優しさとメロンソーダと大豆田とわ子(前篇)

「私っていま思い返すと元彼が全員優しかったんだよね」
「そうなの?恵まれてるんだね」
 森林に囲まれた大学の学生食堂で、彼女と私はごく自然に会話を始めた。時刻は午後3時。お互いに溜め込んでいた課題を持ち寄って、お互いを鼓舞しながら課題を片すためここに集まったのだった。席に着くまではこの難題をなんとか乗り越えられる算段だったが、課題を机に広げた時には集中する気すら起きていなかった。気がつけばひたすらにペンをにぎにぎしているのみであった。彼女も同じく、教科書をパラパラするという異なる流派を披露していた。その膠着状態から救ってくれたのが冒頭の彼女の一言であった。そのため私たちはごく自然に会話を始めることができたのである。

「1人目は会う度に好きって言ってくれたし、いつもご飯代払ってくれた!」
「ほうほう!」
「それで頭撫でてくれたりして『お前の他には何もいらない』って言ってくれたなぁ」
「ちょっとクサイけどいい男だねぇ。私好きだよ」
「でもなー、最後は飽きたって言われて別れちゃったんだよね」
「そうだったのかー」
 私はそこで頭を使いたくなった。おそらく課題のために用意していた頭を使わなくなったため、ウズウズとしていたのだろう。回転させた頭から出た言葉が次である。
「でもさ、それって本当に優しい人だったのかな?」
 彼女は少し驚いたのち、面白がった様子で答えた。
「えっ優しかったよ?」
「本当に優しい人ってさ、飽きたって言葉で別れないんじゃないかな。相手の気持ちよりも自分の気持ちを優先してなきゃそんな言葉でないよ」
「確かになんのフォローの言葉もなく飽きたの一言だった!」
「好きな人には誰でも優しくするもの。優しい人ではなかったけど、愛されてたっことだね」
「確かにそうかもなぁ」
 彼女はうんうんと考え込んだフリのような動作で斜め下を眺めた。いくらかうんうんを繰り返した後、満足した様子で顔をあげて言った。
「じゃあさ、次の彼氏はどう?」
「うんうん聞かせて」

「2人目はね、とっても寛容な人だったの。いつも私の希望を聞いてくれて、怒ったことなんてひとつもなかった」
「ふむふむ」
「でも私が悪かったんだよね。向こうのことを好きじゃなくなっちゃってさ」
「どうして?」
「刺激が足りなくなっちゃったのかな。1人目に言われたみたいに今度は私が飽きちゃったんだよね。もちろん私は飽きたの一言で済ませなかったよ!」
「あんたは相手のこと考えて発言するって知ってるよ」
「さすがだね」
 透かさず私は話を元に戻した。
「でもさ、その2人目が優しいかは怪しいところがあるよ。ただ寛容なだけだったんじゃない?」
「この人も優しくない?」
「うん。感情の起伏がなくて、何が起きても平坦な人っているじゃない。そういう人って一緒にいると安心できるんだけど、感情の共有がしずらいと思うんだよね」
「そういえば2人でご飯食べる時、これ美味しいね!って言い合えなかったのが不満だったかも」
「その人も悪気があるわけじゃないんだけどね。相手のことを考えての寛容さではないから、優しい人ではなく寛容な人ってだけになるだろうね」
 彼女はわざと眉間に皺を寄せてうんうんと下を向いたのち、今度は私に顔を向けてうんうんと笑顔で頷いた。この笑顔は名案を思い付いた嬉しさから来たということを次の発言で知ることになる。
「なんだか少し休憩したくない?こういう話には糖分がないとね!メロンソーダでも買おうと思うけどいる?」
「バーガー屋のメロンソーダか!私もほしい」
「おっけい、100円ちょーだい」

 100円を受け取った彼女は休憩休憩!と独り言を大きく呟きながら食堂内にあるハンバーガー屋へ向かった。私はぼんやりとメロンソーダのシュパシュパとした喉の刺激を思い浮かべながら彼女の後ろ姿を眺めていた。
 戻ってきた彼女はほいよっとメロンソーダを私に差し出した。
「サンキュ」
「良いってことよ」
 2人はコップを左手に持ち、ストローを右手で掴んでゴクッゴクッと糖分を補給した。そして、ほぼ同時にプハーッと天井を見上げた。糖分が頭に周り、炭酸と冷たさが全身に染み渡っている感覚に支配された。その間彼女は何も言わなかった。彼女も同じようにメロンソーダの至福の中にいることを悟った。
「これなんですよ」
「これなんですな」
 少し間を置いてから現実に帰ってきた彼女が言った。
「よしっ続きを始めましょうか!」
「どんとこい!」